最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)973号 判決
上告人
山田茂夫
右訴訟代理人
小西敏雄
被上告人
関西紙管株式会社破産管財人
小松英宣
被上告人
コーロン樹脂株式会社
右代表者代表清算人
上代秀雄
被上告人
金剛フロッキング株式会社
右代表者
上野和男
被上告人
阪倉金網株式会社
右代表者
阪倉昌則
被上告人
坂本龍鎬
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小西敏雄の上告理由第一について
指名債権の譲渡を受けた者は、譲渡人が破産宣告を受けた場合には、破産宣告前に右譲渡について民法四六七条二項所定の対抗要件を具備しない限り、右債権の譲受をもつて破産管財人に対抗しえないものと解すべきである。本件において、原審が適法に確定した事実関係によれば、(一) 上告人は、昭和五三年三月八日関西紙管株式会社との間において、同社が営業を継続しない決議をしたとき、事実上営業をやめたとき、又は上告人と同社との取引関係の終了することが明らかとなつたときを停止条件として、同社が第三者に対して現に有する売掛代金債権及び将来取得することのあるべき売掛代金債権を上告人が譲り受ける旨の債権譲渡契約を締結していたところ、昭和五五年一〇月四日停止条件が成就し、右債権譲渡の効力を生じた、(二) 関西紙管株式会社は、同月六日までに、被上告人コーロン樹脂株式会社に対し一〇〇万三三〇〇円、同金剛フロッキング株式会社に対し四四万四五六六円、同阪倉金網株式会社に対し一八万〇六八〇円、同白頭化成工業所こと坂本龍鎬に対し一二〇万〇五〇〇円の各売掛代金債権(以下、まとめて、右被上告人らを「被上告人四名」と、右売掛代金債権を「本件各売掛債権」という。)を取得していたから、上告人は、本件各売掛債権を譲り受けたこととなる、(三) 関西紙管株式会社の名で、同月四日ころ被上告人四名各自に対し、本件各売掛債権を上告人に譲渡した旨の記載のある債権譲渡通知書(以下「本件各通知書」という。)が簡易書留郵便で送付され、本件各通知書は同月六日ころ被上告人四名にそれぞれ到達したが、本件各通知書には確定日付があるとはいえない、(四) 関西紙管株式会社は、同月一五日午前一〇時大阪地方裁判所において破産宣告を受け(以下「本件破産宣告」という。)、弁護士小松英宣がその破産管財人に選任された(以下被上告人破産管財人小松英宣を「被上告人破産管財人」という。)というのである。右事実関係のもとにおいては、上告人は、本件各売掛債権の譲受をもつて、被上告人破産管財人に対抗しえないものというべきである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論は、独自の見解に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同第二について
所論は、本件各通知書は、被上告人破産管財人が昭和五五年一〇月一五日上告人に宛てて発信した確定日付のある内容証明郵便に引用されており、また、本件各通知書につき作成された確定日付のある書留郵便物受領証に引用されていると解すべきであるから、民法施行法五条四号により、確定日付が付されたことになる旨主張する。
しかしながら、同号にいう「確定日付ある証書中に私署証書を引用したるとき」とは、確定日付ある証書それ自体に当該私署証書の存在とその同一性が明確に認識しうる程度にその作成者、作成日、内容等の全部又は一部が記載されていることをいうと解すべきである。そして、原審が適法に確定したところによれば、(一) 被上告人破産管財人が上告人に対して郵送した所論の確定日付のある内容証明郵便には、関西紙管株式会社名でその有する売掛代金債権を上告人に譲渡した旨の通知が各売掛先に対し発信されているとの事実が記載されているにすぎず、債権額、債務者等の具体的記載に欠け、しかも右記載は、被上告人破産管財人が、上告人に対し右債権の回収をしないよう申し入れる前提として、右譲渡通知に言及したものにすぎないというのであり、また、(二) 本件各通知書が簡易書留郵便によつて発信され、書留郵便物受領証が作成されたが、これには白頭化成五四四、コーロン樹脂五七七、阪倉金網五八三、金剛フロッキング五八六との記載があり、これらにつきそれぞれ大阪中央56.10.5の引受日付印が押捺されているにすぎないというのであるから、右内容証明郵便及び書留郵便物受領証のいずれにも本件各通知書が引用されているものとはいえないものというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
所論は、また、本件各通知書は、簡易書留郵便で発信され、これにつき確定日付のある書留郵便物受領証が作成されているから、民法施行法五条五号により本件各通知書に確定日付が付されたことにもなる旨主張する。
しかしながら、同号にいう「官庁又は公署において私署証書にある事項を記入しこれに日付を記載したるとき」とは、官庁又は公署が、私署証書それ自体にこれを受け付けた等の事項を記入し、これに日付を記載することを意味するものであることは、同号の文言上明らかであり、右記入及び記載のない私署証書は、たとえこれに関し確定日付ある文書の作成されたことが他の証拠によつて明らかとなつたとしても、それが右私署証書と別個のものである限り、同号により確定日付があることとなるものではない。原審の確定したところによれば、郵便官署は、本件各通知書それ自体については同号所定の記入及び記載をしていないことが明らかであるから、本件各通知書は、これにつき書留郵便物受領証が作成されていても、同号により確定日付があることとなるものではない。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)
上告代理人小西敏雄の上告理由
原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。
第一 原判決は、「破産管財人による右差押えの効力は、一般の債権差押えの場合と異なり、送達を要せず破産宣告の日時に当然に生じ、何人に対しても、これを対抗しうるものであるから、破産宣告前に右債権譲渡における譲受人は、右条項所定の対抗要件を破産宣告の日時より以前に具備しない限り、結局、破産管財人に対抗することができないと解するのが相当である。」とする。
しかし、破産法一条にいう破産宣告の効力とは、破産者の破産財団に属する財産に関する財産処分権を奪い、それを破産管財人に付与するという意味に解すべきである(破七条参)。その結果破産者は、破産宣告の後に破産財団に属する財産に関して為したる法律行為を破産債権者に対抗できなくなると考えるべきである(破五三条一項)。すなわち管理処分権が管財人に移転するのみで、破産財団に属する財産が管財人に移転するわけではない。
すなわち本件債権は宣告前に上告人山田茂夫に譲渡されただけであり、上告人と被上告人破産管財人とは決していわゆる二重譲渡に準じた関係にたつものではない。もとより破産管財人は、破産者の単なる代理人ではないので、破産者と上告人間の債権譲渡についていわゆる正当利益を有する第三者となり、右譲渡を右破産管財人に対抗する為には確定日付ある通知が必要となる(民法四六七条二項)。
ここで注意すべきは、上告人と被上告人破産管財人とは、いわゆる二重譲渡に準ずる関係ではないので、双方の対抗要件具備のいずれが優先するのかという議論が、無意味なものであるということである。上告人は、債権の譲受人であり被上告人破産管財人は民法四六七条二項の「債務者以外ノ第三者」なのである。従つて、問題は上告人が確定日付のある通知という要件を具備したか否か(その時期を問わない)という点に存する。原判決が、対抗要件を破産宣告の日時より以前に具備しない限り、破産管財人に対抗することができないと解するのは誤つている。民法四六七条二項の立法趣旨は、債権譲渡の当事者間においてはおうおうにして譲渡の日付を遡らしたりして第三者の権利を害することがあるので、債権譲渡通知が確定日付あることを対第三者対抗要件としたものである。従つて確定日付の要件がみたされれば、右の立法目的が達せられるのであり、その要件取得時期を右原判決のように限定的に解さなければならない合理的理由は何らない。
又原判決も認めるとおり、破産法五五条一項は、善意者保護の観点から登記、登録につき、宣告後における対抗要件の具備を許容しており、宣告後において対抗要件取得が全く許される場合のあることは明らかである。右のとおり、破産法の構成から、対抗要件取得の時期が、宣告以後であることを理由としては、破産管財人に対抗することができないと解するのは誤つている。そして本件において、対抗要件取得が認められるか否かを論じねばならない。
右のとおり、原判決は、破産法一条、民法四六七条の解釈適用を誤つている。
第二 原判決は、「まず、そういう内容証明郵便については、同年一〇月一五日、被控訴人管財人は、破産会社名でその有する債権を譲渡した旨の通知がなされているとし、これにつき調査中でその債権の回収をしないよう控訴人に通知したものであるが、右は単に調査中の事実と債権回収禁止のためその前提として、債権譲渡通知に言及しているにすぎないから、右譲渡通知の指摘をもつて、右施行法第五条四号にいう引用があると解することはできず、また、同年一〇月五日の書留郵便物受領証(前掲丙第一号証の四、一〇、一一)には、関西紙管(株)から被控訴人(第一審被告)らに対するものとして、白頭化成五四四、コーロン樹脂五七七、阪倉金網五八三、金剛フロッキング五八六なる記載があり、これらにつき、それぞれ、大阪中央56.10.5なる引受日付が各押されているけれども、書留郵便物の内容が、債権譲渡の通知であるか否かにつき官署において全く明らかでない場合であるから、これをもつて私署証書の引用と解する余地はなく、更に、右のような受領証に受取人等の記載があるだけで、官署印が証書自体になされていない場合になお右同法第五条第五号の要件をみたすものとは到底考えることができない。」とする。
しかし、右は、民法施行法五条四号、五号の解釈を誤つている。すなわち、確定日付ある証書の記載から、ある私署証書が存在し、その私署証書のことを述べていることが客観的に認められるときに引用ありと解すべきである。けだし同条四号は、確定日付ある証書による引用により、確定日付ある証書の日付を基点として、私署証書が右日付以前に存在すると認められることから、右日付を私署証書の確定日付としたものであるからである。被上告人管財人の意図がどうであつたか、又債権譲渡通知であるか否かにつき官署において明らかであつたか否かというような主観的事情は、右四号の解釈について問題とすべきものでない。
本件において、確定日付ある書面(甲一号証)において「さて、ご存知のことと存じますが破産宣告申立直前右破産会社名義で破産会社の有する売掛金債権につき貴殿に譲渡した旨の通知が各売掛先に対し発信されております。」として、私署証書たる譲渡通知書のことが記載されている。そして譲渡通知書の内容は、丙一号証その他の証拠から明らかである。右の場合、譲渡通知書が確定日付ある書面となり、被上告人管財人に対抗できるものである。
また、民法施行法五条五号の要件は、官署又は公署が「私署証書に或事項を記人し之に日付を記載する」ことである。そして書留郵便物受領証(丙一号証の四、一〇、一一)は、右の要件をみたしている。しかるに原判決は、「官署印が証書自体になされていない」と述べて、右受領証について右五号の要件を否定しているのは、誤つている。そして更に五条四号要件事実を主張している。
以上のとおり、原判決は民法施行法五条四号、五号の解釈を誤つている。